感じたこと
内容
引用メモ
「かりにあなたの迷いの一部が」ゴールトが言った。「心と理性の衝突であるならー理性に従うことです」
「我々が正しいと我々に確信させている理由をすべて考慮しなさい」ヒュー・アクストンが言った。「だが我々が確信しているという事実は考慮しなくていい。きみが確言しているのでなければ、我々の確言は無視することだ。我々の判断をきみ自身の判断代わりに使おうなんて誘惑にかられてはならない」
「君の将来のために最上のことを考えるときに、我々の知識に頼らないことだ」
こういう時期に、考える贅沢は許されないんだ!
きみを愛している。自分の仕事や工場やメタル、机や高炉や研究所や鉱山での時間を愛するのと同じように、自分の仕事の能力を愛するのと同じように、見て知る行為を愛するのと同じように、化学式を解いたり、日の出に心を動かされたりする自分の精神的行為を愛するのと同じように、自分が作ったものや感じたことを愛するのと同じように、同じ価値として、表現として、同じ誇りと意味において。自分の製品として、自分の選択として、自分の世界のかたちとして、最高の鏡として、もったことのない伴侶として、ほかのすべてを可能にするもの、自分が生きる力として」
すべて合理的な存在の命に適したものは善であり、すべて命を破壊するものは悪である。
人間の生命は本来、愚鈍なけだものや、略奪を働く悪党や、たかり屋の神秘家ではなく、考える存在の命!武力や詐欺ではなく業績によって支えられた生命だ。際限ない代償を払って生存するものではない。人間の生存に払う代償は理性だけなのだから。
人間の生命は道徳の基準だが、諸君自身の生命はそれぞれの目的だ。この世界での存在が諸君の目標ならば、諸君は人間に適した基準によって行動と価値観を選ばなければならない。生命というかけがえのない価値を維持し、まっとうし、楽しむという目的のために。
生命がある行動の道筋を要求するゆえに、それ以外の道筋は破滅をまねく。おのれの生命を行動の動機と目標とみなさない存在は、死の動機と基準にもとづいて行動している。そうした存在は、おのれの存在という事実に反対し、それを否定し、それと矛盾するべくもがき、見境なく破滅への道を突っ走り、苦しむほかに能力のない形而上の怪物だ。
幸福は成功した人生の状態であり、苦痛は死をもたらす力である。幸福とは人の価値観をまっとうすることに由来する意識の状態のことだ。おのれの幸福を放棄することに幸福を見いだし、おのれの価値観の挫折に価値を認めるべきと説く道徳は、道徳の傲慢なる否定である
諸君が因果律にそむくとき、動機となるのは因果律からまぬがれようとするよりたちの悪い、因果律を逆転させようとするずるい願望である。諸君は値しない愛を求める。あたかも結果たる愛が原因たる個人の価値を高めうるかのように。諸君は値しない賞賛を求める。あたかも結果たる賞賛が原因たる美徳を与えうるかのように。諸君は値しない富を求める。あたかも結果たる富が原因たる能力をもたらしうるかのように。諸君は慈悲を、正義ではなく慈悲を請い求める。あたかも値しない許しが弁解の理由を払拭できるかのように。そして諸君の教師たちが熱狂してかけまわり、結果たる支出が原因たる富を生みだし、結果たる機械が原因たる知恵を生みだし、結果たる性欲が原因たる哲学的価値を生みだすと宣言すると、諸君は自分のちっぽけで醜悪ないんちきに耽溺するために、かれらの教義を支持するのだ。