感じたこと
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内容
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引用メモ
イギリスのミュージシャンでプロデューサーのブライアン・イーノは美大で学んでいたころ、ピカソ、カンディンスキー、レンブラントなどの個人が芸術革命を生み出したと教えられた。だがイーノはこうした革命家たちが、実は「多くの人々が織りなす豊穣なシーン」から生まれたことに気がついた。「芸術家、収集家、キュレーター、思想家、理論家──こういった人々が、才能の生態系のようなものをつくりあげていたんだ」 イーノは彼らを「シーニアス」( 天才 とシーンをかけた造語) と呼ぶ。「シーニアスとは活動全体、集団全体の知性だ。文化について考えるときは、この概念のほうが役に立つと思うね」 この概念は、ペイパルについて考えるのにも役立つ。ペイパルの物語は、消費者向けインターネットの草創期を舞台に、数百人の人生が交差し、影響を与え合った物語として理解するのが
オレンジ色のハイライト | 位置: 408
レヴチンの才能はソフトウェア開発にあった。バニスターはときどきプログラミング言語のパール(Perl) でコードを書いていた。パールは実用性は高いが洗練さに欠ける、「インターネット用ガムテープ」とも 揶揄 される言語だ。レヴチンは震え上がって「そんな醜いものを近づけないでくれ」と抗議し、バニスターは喜んでコード書きをレヴチンに任せた。 「マックスがいたから、僕はプログラマーになるのをあきらめたんだ」とバニスターは認める。「あれだけの才能を見てしまう
オレンジ色のハイライト | 位置: 428
レヴチンの時間割は技術系科目が占めていたが、心に残った授業は別だった。 20 世紀の名作映画を研究する授業で黒澤明監督の「七人の侍」を知り、夢中になったのだ。 「史上最高の傑作だと思ったね」とレヴチンは言う。「あんな映画は見たことがなかった」 夏休みの間、3時間 27 分のこのモノクロ映画をかじりつくように見続けた。「テレビとエアコンさえあれば何もいらなかった。あの夏は『七人の侍』を 25 回は見たよ」。その後レヴチンはこの名作を100回以上も鑑賞し、「経営者に必要なすべて」を学んだという。 一方、社交生活の面ではついに恋人ができたが、コード書きに明け暮れていたせいで関係がこじれてしまった。「彼女の家に行っても、コードを書くためにすぐにトイレにこもっていた」 彼女はドアをノックした。「ねえ、そんなところで何してるの?」 「何って、君とデートしてるんだよ」とレヴチンは困惑しながら答えた。 「ちがうわ。あなたはトイレでコードを書いてる
オレンジ色のハイライト | 位置: 919
ネットスケープの線が消えると、大学院に行くか、インターネット企業を立ち上げるかで悶々と迷った。「未来に最も影響を与えることは何だろう、僕らが解決すべき問題は何だろうと考えていた」。ペンシルベニア大学時代、彼は近未来に大きなインパクトを与える分野をリストアップした。インターネット、宇宙開発、再生可能エネルギー。だが未来を変える分野にこの自分が、イーロン・マスクという人間が影響をおよぼすには、いったいどうしたらいいのだろう? マスクはピーター・ニコルソンに相談した。トロント界隈をゆっくり散策しながら、二人で次のステップを考えた。ニコルソンはマスクの背中を押した。「いいか、イーロン。インターネットのロケットはぐんぐん上昇している。君のアイデアに賭けてみるのに、いまほど絶好のタイミングはない。博士号なんていつでも取れるじゃないか。その機会はこの先もずっとテーブルに置かれたまま
オレンジ色のハイライト | 位置: 1,006
だが拡大には代償が伴った。 96 年秋、マスクはZip2の投資家と経営陣に経営手腕を疑問視され、対立した。せっかちで、つねに睡眠を削って働いていたマスクは、無理な期限を設定し、経営陣や同僚を人前でこきおろし、他人のコードを勝手に書き直した。 マスクはのちにこうした欠点を認め、自分はZip2を経営するまで何かを運営した経験がなく、「スポーツチームなどのキャプテンを務めたことも、人を管理したこともなかった」と告白している。同僚の仕事を勝手に直して人前で恥をかかせ、嫌われてしまったときのことを、伝記作家のアシュリー・ヴァンスに語った。「やっとわかった。僕は間違いを直してあげたつもりだったのに、そのせいで相手はやる気をなくしてしまったんだと。あれはいいやり方じゃなかっ
オレンジ色のハイライト | 位置: 1,406
シモンズは卒業後、UIUCに残り、大学院でコンピュータサイエンスを学んでいた。「僕は人生を戦略的に考えたりしない」とシモンズは言う。「だから就職のことなんて考えずに、『大学院にでも行くか』と。起業したり、シリコンバレーに行ったり、そういうことには何の興味もなかった」 98 年9月にレヴチンから連絡を受けたとき、シモンズはもう修士課程に飽きていた。中退してテキサスでプログラミングの仕事でもしようかと思っていると、レヴチンに返事をした。レヴチンは、代わりにカリフォルニアに来ないかと誘った。「ここはほんとにいいところだから、ここに来てクールなことをするといい」とメールに書いた。その年の暮れ、「クールなこと」はフィールドリンクの仕事になっていた。 ユー・パンと同じく、シモンズも安心材料がほしかった。「マックスの頭がいいのは知っていたけど、『本気だろうか? 行ったら本当に仕事があるのか?』と疑ってい
オレンジ色のハイライト | 位置: 1,568
トム・パイトルは博士になれるほど優秀だった。ボロ靴を取り替えないほど反逆的だった。自由に使える時間があった。モバイルウォレットで世界制覇するという構想をおおらかに受け入れた。才気、反骨心、時間的余裕、不信の停止──これらがコンフィニティの初期のメンバーの特徴であり、その後の企業文化の基盤となっ
オレンジ色のハイライト | 位置: 1,779
それはさておき、ティールはこのイベントに満足した。「僕らはあの歴史に残るイベントで、群れから抜け出した」と語る。メディア露出のおかげで、それまでの苦労が噓のように、投資家の引き合いも求人の申し込みも増えた。 だが、そうした関心はユーザー獲得につながったとは言いがたい。パームパイロットのビーム送金を問い合わせる電話はただの一件もなかった。 「あれは、パブリシティについて僕らが早くに学んだ教訓の一つだ」とノセックは言う。「あのイベントはプロダクトの普及というよりは、求職者や投資家への認知度を高める方法としての意義がずっと高かった」 だがバックスビームが発した最も重要なシグナルは、社内向けだったかもしれない。レヴチンとティールが率いるこの小さな集団は、メディアに、それもテレビにまで取り上げられるほどのプロダクトを、ほんの数か月で生み出したのだ! チームは自信を深めた。「僕らは未来を信じたかったんだろうな」とノセックはしみじみ
オレンジ色のハイライト | 位置: 1,894
レヴチンは採用のハードルを非常に高く保っていたと、エンジニアのサントッシュ・ジャナーダンは証言する。そのせいで人材獲得のスピードが落ちても仕方がないと、レヴチンは考えていた。「マックスは口癖のように言っていた。『A級の人材はA級を雇う。B級はC級を雇う。だからB級を一人でも雇えば、会社全体が傾いてしまう』と」 おまけにコンフィニティの経営陣は、チーム全員がすべての候補者に会うことを義務づけた。そして時間のかかるこの総当たり面接、いわゆる「相性テスト」が終わってから、チーム全体で議論して採否を決め
オレンジ色のハイライト | 位置: 1,930
た。「一人で仕事をするときは、ただただ全力で働けばいい」とレヴチンは説明する。「でもそれでは満足の行く仕事ができないから、誰かとチームを組む。すると、コミュニケーションの問題が人数の2乗倍に増えてしまう。五人のチームなら、 25 通りの人間関係とコミュニケーションを維持する必要が
オレンジ色のハイライト | 位置: 2,028
多い。「デイヴィッド(サックス) に議論を吹っかけられてみんな文句を言っていたが、彼との議論はつねに有意義だった。意味のある衝突だった」とジャコモ・ディグリゴリは言う。「彼の言うことが人格攻撃だったり、くだらなかったり、偉そうだったりしたことは一度もなかった。いつだって議論の的はアイデアだった。僕らは何をしようとしているのか、顧客は何を必要としているのか、僕らはなぜここにいる
オレンジ色のハイライト | 位置: 2,149
第一に、当時のインターネット系スタートアップには莫大な金額がつぎこまれていた。マスクはこれを〔恐怖を和らげる〕「笑気ガス」と呼んだ。 98 年から 99 年にかけてインターネットの熱狂が頂点に達するなか、インターネット系スタートアップへのベンチャー投資は急増していた。マスクの潤沢な資金があるとはいえ、X.comは危うい立場にあった。競合が軒並み笑気ガスを吸入すれば、一気に成長してX.comを追い抜いてしまうかもしれ
オレンジ色のハイライト | 位置: 2,184
資金は確保できた。だがまだ重要な問いが残っていた──モリッツとセコイア・キャピタルは、いったい何に投資したのか? アレグザンダーは 99 年8月に入社した当時、「プロダクトはほとんど何もなかった。そこにあったのはありとあらゆるアイデアと、少しのコードだけ」という。X.comは預金のない銀行だった。運用資産のない投資会社だった。必要最小限のウェブサイトしかない、デジタル金融の不思議の国だった。 この時点でX.comは、マスクが打ち出した壮大な構想をまだ何一つ実現していなかった。その一因は、 99 年半ばのマスクとフリッカーの衝突によって生じた、プロダクト開発の数週間の遅れにあっ
青色のハイライト | 位置: 2,539
初期の成功を見て、マスクはメール送金を大々的に宣伝しようとしたが、主要投資家のマイク・モリッツに止められた。「競合の注意をメール送金からそらすために、オンライン銀行の構想を語り続けろと言われたよ」 * その後ペイパルは「ユー・ガット・キャッシュ」と「ユー・ガット・マネー」の商標を出願し、AOLに法的な異議申し立てを提起され
青色のハイライト | 位置: 2,550
プロダクトマネジメントでは、たんに開発を進めるだけでなく、脇道にそれないことも重要だと、サックスはすぐに気がついた。「プロダクトを統括するようになると、僕は〝ドクター・ノー〟になった。ばかげたアイデアにノーと言う役回りだ。会社の長期戦略に無関係なアイデアで貴重なエンジニアリング資源を無駄にしないよう気をつけた」 サックスは社内では「効率化」の鬼だったが、社外に向けては「簡略化」の鬼になった。たとえばペイパルの当初の登録プロセスでは、新規ユーザーは七つものウェブページに行って、パームパイロットを二度も同期する必要があった。あきれたサックスは、ホワイトボードに一枚で完結する登録フォームの概要を書き、ティールとレヴチンの了解を得ると、「エンジニアを全員集めて、『これをつくってくれ』と言っ
青色のハイライト | 位置: 2,589
「人間の注意力には限りがある。数千人が騒いでいる中で注目を集めようと思ったら、独創性が必要だ。ただ声を張り上げるだけでは独創的とはいえない。ただウェブの看板を掲げて訪問者を待つだけでは独創的とはいえない。新しい会社はウイルスのごとく急成長し、革新的な価格設定で既存の伝統的大企業を締め出し、既存の流通チャネル内の対立を逆手に取るような方法で、ビジネスを組み立てなくてはなら
青色のハイライト | 位置: 2,711
テック界ではよく、「起業家は自分の切実な問題を解決するプロダクトを開発すべし」と言われるが、X.comとコンフィニティがイーベイに牽引されるようにして成功したことは、その強力な反証になる。自分だけでなく、他人の問題を解決することにも強力な価値があるのだ。 「もしイーベイでペイパルのユーザーネットワークが広がっていなかったら、ペイパルはいまごろ存在していないと思う」とヴィヴィアン・ゴーは
青色のハイライト | 位置: 2,722
ホフマンとティールはゲイリー・ワトソンの『自由意志』やジョン・ペリーの『パーソナル・アイデンティティ』などの本を叩き台に、決定論や自由、心身問題などについて激論を戦わせ
青色のハイライト | 位置: 2,759
他方、ソーシャルネットは苦戦していて、同社の取締役会は、ホフマンには賢明とは思えない戦略的方向に会社を向かわせようとしていた。「わかったつもりで何もわかっていないベンチャーキャピタリストが経営の実権を握ると、そういうことになる」とホフマンは辛辣に
青色のハイライト | 位置: 2,830
た。「ピーターはくだらない仕事への耐性が僕よりもない」と、やはり雑事嫌いで有名なマスクは言う。「僕もクソどうでもいい仕事への耐性は低いけど、ピーターは耐性ゼロ
青色のハイライト | 位置: 2,978
ティールは、X.comがコンフィニティを脅かす存在になることをいち早く察知していた。「ピーターはつねに物事に正面から立ち向かおうとする。自分が間違っていないかどうかを確かめたいんだ」とノセックは言う。「何がどうなったらうまくいかなくなるか、失敗するかを、いつも積極的に考えようとする。僕が知るどの起業家よりもずっと、ずっと積極的に」 X.comはカネにものをいわせてコンフィニティをつぶすことができると、ティールは判断した。「ピーターは賢明にもX.comが本物の脅威だと気づいた」とマロイも言う。 そしてティールは強烈な負けず嫌いだった。「いい負け方なんかない。負けは負けだ」と、ティールは社員に言ってい
青色のハイライト | 位置: 3,029
彼は迫り来る危難を察知していた。同じ市場で競争する二つの決済ネットワークが同時に拡大することはできない。「ネットワークは本来、独占的な事業なのだ」とハリスは
青色のハイライト | 位置: 3,113
ハリスは譲ろうとせず、マスクが折れるしかなかった。「僕が 50 対 50 を呑んだのは、そうしなければビルが辞めると言ったからだ」とマスクは言う。「そうでなければ見送るつもりだった」 ハリスからすれば、他に道はなかった。「どちらかが勝者になっただろうか? なっただろう。だがそこに到達するまでに、ずっと多くの時間と莫大なリソースが無駄になったはずだ。それに、どちらが勝者になるかは予断を許さなかった」 ハリスにとって、合併はたんなる守りの一手ではなかった。それは攻めの戦略の一環だった。ハリスは「メトカーフの法則」を例に引いて説明する。1980年代にイーサネット技術の開発者ロバート・メトカーフが提唱した、単純な法則
青色のハイライト | 位置: 3,133
だが、どちらの道がよかったかはあとにならなければわからない。 さしあたって双方の経営陣とチームには、二社のスタートアップを統合するという気の重い仕事があった。ハリスとレヴチンは生温かい洗濯物の上で握手はしたが、今後の具体的な詳細は何も詰めていなかった。 その後の展開を通して、合併に関する貴重な教訓を──合併の成否を握るカギを──双方が学んだ。「合併とは、二つの会社を一つに統合することじゃない」とルーク・ノセックは言う。「目をつぶって素性も知らない 50 人の社員を雇うこと
青色のハイライト | 位置: 3,310
資金調達ラウンドを完了するまで「文字通り、ノンストップ」で各地をめぐり、数週間、スーツケース一つで生活した。ティールは早く投資の確約を取りつけたい一心だった。アメリカ経済の崩壊がすぐそこに迫ってきていることを予期していたのだ。「僕らが生き延びたのはピーターのおかげだ」とセルビーは断言する。「ピーターが『早く完了しよう。終わりが近づいているぞ』と号令をかけたん
青色のハイライト | 位置: 3,339
マスクには、X.comの5億ドルの評価額が「ばかげている」と気づくだけの良識もあった。彼の最初の会社、Zip2が3億ドルで売れたのは、優良顧客がいて、数百万ドルの収益を上げていたからだ。他方、評価額がほぼ2倍のX.comの主な業績といえば、投資家のカネと引き替えに、ユーザーのメールアドレスを手に入れたことだけだっ
青色のハイライト | 位置: 3,384
1億ドルの資金調達ラウンドのタイミングがペイパルの生死を分けたと、社員たちは指摘する。「あそこまで危うい状態だったということを、人は知らないと思う」とエイミー・ロウ・クレメントは言う。「もしあの1億ドルのラウンドを終えていなかったら、ペイパルは消えていた」。マーク・ウールウェイはさらに踏み込んで言う。「もしあの1億ドルを確保していなかったら、スペースXも、リンクトインも、テスラも存在していないだろ
青色のハイライト | 位置: 3,408
「マイク・モリッツの大見得は、あの騒動のハイライトの一つだったな」と取締役のマロイは言う。ティールは取締役会に提案を却下されたことに抗議して、その後の数回の取締役会を欠席した。歴史的な市場崩壊が起ころうとしているのに取締役会は目先のことしか考えていない、適切に対応すれば莫大な利益が得られるのに、とティールは憤慨した。 「潮目が変わり始めていた。ピーターはつねに悲観的だが、変化を察知する目を持っている。そして彼は実際に正しかった」とマロイは言う。「おそらく、投資していればペイパルのどんな事業よりも大きな儲けが出たはず
青色のハイライト | 位置: 3,446
X.comのメンバーも自社製品で苦労した。2000年4月、彼はスターバックスで 59 ドル 22 セントの支払いにX.comのデビットカードを使おうとしたがうまくいかなかった。「デビットカードを二度拒否され、カスタマーサービス担当者には『日次の終業処理のせい』だと言われた」と、彼は同僚宛ての辛辣なメールに書いている。「これはまったくひどい」。このスターバックスの客は、X.com会長・共同創業者のイーロン・マスクだっ
青色のハイライト | 位置: 3,510
イーロンが言っていた。『何かを成功させる前にしくじった方法を四つ挙げられない人は、おそらくそれに取り組んだ本人じゃない』」とジャコモ・ディグリゴリは
青色のハイライト | 位置: 3,824
X.comの幹部の見るところ、成長中の組織にありがちな重大な過ちの一つは、成果を出すことより社員満足を優先するようになることだった。 彼らはこの罠に陥ることを恐れ、それを避けるために、意図的に性急な社風を生み出した。スピードのために結束を犠牲にし、必要に応じて即断した。「誰もが平等にアイデアを提案し、話し合えるような雰囲気じゃなかったね」と、初期のX.comのエンジニアで、のちにイェルプを共同創業したジェレミー・ストップルマンは
青色のハイライト | 位置: 4,034
この変更は一見地味であたりまえで、くだらないとさえ思えたが、決済にかかる貴重な数秒間を節約した。デイヴィッド・サックスの考えるところ、あらゆる「摩擦」、つまり顧客が決済時に感じる手間やストレスが、削減すべき無駄だった。小さな改善で時間を節約していければ、ユーザーを繰り返し引きつける、いわゆる「粘着性」の高いプロダクトにすることができる。こうした瞬時の満足が、せっかちなユーザーの獲得につながるはず
青色のハイライト | 位置: 4,125
た。『課金する。カネをもらう。それがうまくいくかどうかは、サイコロを投げるようなものだ。要はギャンブルだよ。それは賭けなんだ』と。彼の言葉をはっきり覚えている。『1億ドルの賭けだ』と言っていた」 そしてX.comは、選択権がユーザーにあることを強調した。全ユーザーに送られたメールには太字で「ビジネス/プレミアアカウントへのアップグレードは強制ではありません」 と書かれていた。つまり、無料のペイパルアカウントが気に入っていれば、そのまま使い続けることが
青色のハイライト | 位置: 4,265
* 答え:ある。先手を選ぶ。先手はコインをテーブルの中央に置く。後手がコインをテーブルのどこかに置いたら、先手は後手のコインと同じ直径上の、テーブルの端からそのコインと同じ距離だけ離れた場所にコインを置く。このステップを繰り返していけば、後手は先手よりも早く置く場所が
青色のハイライト | 位置: 4,447
た。「当時、僕は生活のすべてをLinuxに捧げていた」と、多くのコンフィニティ出身者の気持ちを代弁してブラウンフィールドは言う。「ウィンドウズなんて、3メートルの棒を使っても触りたくなかったね」 オープンソースのコードベースを持つ、ハッカーが生み出したLinuxを選ぶ理由は、アーキテクチャの好みというだけでなく、個人的信条の問題でもあり、数十億ドル規模の巨大企業がつくったクローズドソース・システムへの移行は、受け入れがたかったと
青色のハイライト | 位置: 4,458
一つは、イーロンが我を通したときのためにウィンドウズ版。でもいつかペイパルが主導権を握るかもしれないから、UNIX版も書いておく必要があった。だからコード書きにあんなに時間を費やしたんだ。二種類のコードを書いて、二種類のプラットフォームでテストした」。それは保身のためだったと、ウーは認める。「どっちに転んでも生き延びられるようにね。あれは人生でいちばんしんどい時期だっ
青色のハイライト | 位置: 4,499
その夏、問題は山場を迎えた。グループインタビューを用いた市場調査で、「X.com」より「ペイパル」という名前のほうが好感度が高いことがはっきりしたのだ。調査を主導したヴィヴィアン・ゴーは、「『X』みたいな名前のサイトは信用できないとか、アダルトサイトみたいと言われ続けた」と
青色のハイライト | 位置: 4,538
マスクやティールと同様、レヴチンも社内政治を毛嫌いしていた。だが二人と同様、彼も強烈な負けず嫌いだった。マスクがマイクロソフト環境への移行に関しても、社名に関しても、もちろん戦略に関しても譲るつもりがないのを、レヴチンは知っていた。そして同僚たちと話し合ううちに持ち前の闘争心が頭をもたげ、絶対に譲るものかと心を決めた。 2000年の初夏から初秋にかけて、X.comの経営陣には、レヴチンの理解者が増えていった。彼ら全員が、元CEOのハリスへのクーデターに参加していた。一度うまくいったことは、次もうまくいくかもしれない、と彼らは考えた。かくして、X.comの共同創業者にして最大株主でもあるマスクを会社から追放するための秘密の動きが始まっ
オレンジ色のハイライト | 位置: 4,682
マスクは現実を重視したのだった。「結論には賛成できなかったが、彼らがあんな行動に出た理由は理解できた」とマスクは何年もあとに語っている。きわめて実際的なものの見方をするマスクからすれば、取締役会が決定を下した以上、抗っても無駄だった。「徹底抗戦するという手もあったが、時期が時期だけに、僕が折れるのがいちばんだと思った。ピーター、マックス、デイヴィッドたちは優秀で、おおむねよい動機を持って、正しいと思うことをやった。ただ、僕にはそれが正当に思えなかったというだけだ」 「腹を立てて彼らを一生恨むのは簡単だ」と彼は続ける。「でもそれよりいいのは、抗わずに関係改善に努めることだ。僕はそのためにかなり努力をし
オレンジ色のハイライト | 位置: 4,691
なぜ譲歩したのかとマスクに訊ねると、彼は聖書の「ソロモンの裁き」の物語を引き合いに出した。ソロモン王は、赤ちゃんが自分の子どもだと訴える二人の女性に裁きを求められた。王が、子どもを二つに裂いて半分ずつ分けよと命じると、片方の女性は、子どもの命を救うために訴えを取り下げた。「子どもを生きたままその女に与えよ。殺してはならない」とソロモン王は裁きを下した。「その女が母親だ」 「僕にとってあの会社は、ある意味わが子も同然だった」と声を詰まらせながらマスクは言った。「会社や社員を攻撃するのは、わが子を攻撃するのと同じだ。そんなことはできなかっ
オレンジ色のハイライト | 位置: 4,762
ある首謀者は、マスクがCEOのままでいたら、会社は6か月と持たなかっただろうと言う。同様に数人が、不正率の高さや、貸し倒れ問題、金融商品の廃止の遅れ、V2への移行の行き詰まりなどが相まって、会社が危険な状態に陥っていただろうと指摘する。あのままで行けば資金が枯渇し、技術チームが分裂し、ウェブサイトのサーバーが急成長に対応できなくなっていたかもしれない。 とはいえ首謀者たちは、一部メディアでのX.com時代のマスクのネガティブな描かれ方には、一様に眉をひそめる。それは事実に反していると彼らは言う。多大な個人的犠牲と財政支援、取締役としての責任遂行、創業時のビジョンなど、マスクの大きな貢献に疑いの余地は
オレンジ色のハイライト | 位置: 4,968
だ。 「あの晩僕は、人間には簡単に解けるがコンピュータに難しい問題は何だろう? と考えた」とガウスベックは言う。「そして、文字認識がその好例だと気づいた。『文字の画像を表示して、ユーザーにそれを読み取って入力してもらうのはどうか。自動では読み取れないだろう?』とマックスにメールした」。ガウスベックはこのメールを深夜に送り、翌日出勤すると、レヴチンが「それを半分つくり終えていた」と
オレンジ色のハイライト | 位置: 5,005
さと、会社の財政との間でつねにバランスを取ろうとするチームの姿勢がよく表れている。 「ピーターはそれを『ダイヤル』と呼んでいた」とサックス。「使いやすさを犠牲にすれば、不正は簡単に阻止できる。難しいのは、一定の使いやすさを保ちながら、不正が手に負えなくならないようにすることなんだ。マックスが不正のダイヤルを調整し、僕が使いやすさのダイヤルを調整する。そしてみんなで集まって落としどころを探っ
オレンジ色のハイライト | 位置: 5,647
また不正対策チームは、アルゴリズムによる自動的な不正対策で大きな成果を挙げてはいたが、テック企業が不正から人間を守るためには、やはり生身の人間が必要だと痛感した。「不正対策は、人間と機械、学習、自動化ルールの組み合わせだと思う」とセルヴァンテスは言う。「人間はこの組み合わせに欠かせない。不正には、ボットがけっして模倣できない人間的な要素がある
青色のハイライト | 位置: 5,933
ボールドウィンの批判は、イーベイ出品者の強烈な独立精神も代弁していたと、イーベイのロブ・チェスナットは指摘する。「一部の出品者は、イーベイに指図されるのを嫌い、ペイパルを利用することで、イーベイから自立できると考えていた。『イーベイはわれわれにこれをさせようとしている。なら、違うことをしよう』というわけだ。そういう反骨心がたしかにあっ
青色のハイライト | 位置: 5,945
この恐れから、ペイパルは非常時対策も講じていた。たとえば、イーベイにペイパルの企業IPアドレスをブロックされたらどうするか? それをされると、ペイパルのボタンが機能しなくなってしまう。この事態に備えて、ペイパルはプロバイダのAOLで数百件のダイヤルアップ(従量制) アカウントを作成し、イーベイにペイパルのIPアドレスをブロックされてロゴを表示できなくなった場合でも、AOL接続経由で機能を提供できるようにしてい
青色のハイライト | 位置: 6,034
「カネは情報システムの一種だ」とマスクは説明する。「ほとんどの人は、カネそのものに力があると思っている。だが実のところ、カネはただの情報システムだ。カネがあれば物々交換の必要がなくなるし、貸付や株式などのかたちで時間を超えて価値を交換
青色のハイライト | 位置: 6,162
技術デザイナーのベンジャミン・リストンも、多通貨決済のページデザインをめぐってチームで何週間も激論を戦わせた。「どんなテック企業も、世界最大の問題に取り組みながら、些細で何でもない問題に頭を悩ませている」 ジャコモ・ディグリゴリは、デイヴィッド・サックスのにべもない反応をいまも忘れない。「デイヴィッドは画面を 一瞥 するなり、『これじゃだめだ、シンプルでないと。誰かがイーベイでものを買って、 80 ユーロ送金する場合、 80 を入力する欄と、通貨を選ぶドロップダウンさえあればいい。ほかのごちゃごちゃは全部、その次の許可画面に移すんだ。頼むからシンプルにしてくれ』と言っ
青色のハイライト | 位置: 6,296
「核融合級のIPOを果たすぞ」 2000年夏、マスクはそう宣言した。多くの社員がこの言葉を、最も忘れられないマスク 節 の一つに挙げて
青色のハイライト | 位置: 6,362
ペイパルがイーベイの貧弱な決済システムに付け入って本格的なビジネスを構築したことにも、カイトは感心した。「つねにソリューションが問題を見つけるとは限らない。問題こそが画期的なソリューションを生むこともあるん
青色のハイライト | 位置: 6,475
解放への道は狂気と殺人あるのみだと信じるテロリストについては、どう考えるべきだろう? 彼らを「イスラム勢力」と呼ぶのは、おそらく誤りなのだろう。彼らには前向きなビジョンは何もない。彼らはむしろ、冷めた目で敵を否定することをアイデンティティの拠り所にしている。その敵とは、グローバリゼーション、資本主義、現代世界、そして西洋全体、とくにアメリカだ。 僕は個人的に、この狂気から脱する方法は、現代西洋の資本主義が与えてくれる最高のものを肯定することにあると信じている。すなわち、(経歴や属性にかかわらず) あらゆる人間の命の尊厳と価値の尊重、そしてそれと関連する、「アイデア、サービス、財の自由な交換」のまわりに平和な世界共同体が築かれるという希望だ。 なぜなら、僕はテロリストがただ邪悪で狂っているというだけでなく、本当に愚かだと思っているからだ。巨大なビルを爆破したからといって、世界貿易は停止しない。たとえそのビルが世界貿易センターと呼ばれていたとしても。 現代西洋の資本主義を止めるには、それよりずっと多くのものを破壊する必要がある。世界の通信ネットワークと世界貿易のインフラ全体を破壊し、インターネットを停止し、そしてペイパルとそれがつくろうとしているすべてを壊す必要がある。その意味で、世界貿易センタービルの破壊は──たとえテロリストがペイパルのことを聞いたことがなかったとしても──まさにわれわれへの攻撃でも
オレンジ色のハイライト | 位置: 6,566
ティールは大学時代、「模倣的欲望」の概念で知られるフランスの文学理論家・社会哲学者、ルネ・ジラールの思想に傾倒した。「人間は何を欲してよいかを知らない生き物であり、自分の心を決めるために他者に頼る」とジラールは書いている。「われわれが他者の欲するものを欲するのは、他者の欲望を模倣しているからである」。ジラールはそうした模倣が対立や紛争を生むと指摘し、警戒せよと説いた。 ジラールの思想に感化されたティールは、人と違う考え方をすることが多かった。この逆張り思考が、ティールにIPO申請を急がせた。「誰も上場しない時期こそが、逆説的に上場すべき時期なのかもしれない。なぜならそこにこそ、カオスのポジティブな対極があるからだ」とティールは説明
オレンジ色のハイライト | 位置: 6,983
2002年3月末、ペイパルの社内チームはイーベイのために、ペイパルの事業の詳細な報告書を作成し始めた。3月 21 日、イーベイはペイパルに 13 億3000万ドルでの買収を持ちかけた。この買収提案書の中で、両社は暗号名で呼ばれた。ペイパルは「シャチ」、イーベイは「アーニー」だ(ちなみに前回の提案書では、ペイパルは暗号名に、同じ海洋生物でもずっと小さい「ネズミイルカ」を選んでいた。
オレンジ色のハイライト | 位置: 7,068
* ジェフ・ジョーダンはこのときの求職活動で、記憶に残る面接を受けた。ピクサーのCFOを探していたスティーヴ・ジョブズから連絡を受けて、パロアルトのイタリアンレストラン、イル・フォルナイオで朝食を取ることになったのだ。「僕はジャケットを着ていった」とジョーダン。「スティーヴは 20 分遅れて、破れた服にサンダル履きで現れた」。ジョブズがジョーダンにした質問は二つだけ。第一問「1980年代末のスタンフォードビジネススクールという史上最高に刺激的な時期の起業界の中心にいた君が、なぜ退屈きわまりない経営コンサルタントなんかになったのか?」。第二問「いったいどうしたらディズニーで8年も働けるんだ? あのとんでもなく強欲な連中と」。ジョーダンは質問の真意を読み取った──ジョブズ流の圧迫面接だ。第一問については、「おっしゃる通りです。ここに戻ってくるまで 10 年かかりましたが、こうやって戻ってきたし、これからもここにいるつもりです」と答えた。ディズニーの質問には強く反論した。「ディズニーを誤解しないでください」と言って、ディズニーストアは、ディズニーのテーマパークよりも消費者に高く評価されていると指摘した。「もちろん、商品も売っていますよ!」。ジョブズは満足して、ジョーダンにピクサーのよさを売り込んだが、ジョーダンは固辞した。当時別の会社でCFOを務めていた彼は、次は違うことがやりたかった。するとジョブズは、それならアップルで新しい部門を運営しないかと誘い、「アップルの店舗について構想を持っている」と言って、これまでにない買い物体験について説明した。ジョーダンはジョブズが「妄想的」だと感じて丁重に断った。「もちろん」とジョーダンはのちのアップルストアを指して言った。「彼はやってのけたけど
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7月3日から7日にかけて、イーベイ経営陣はペイパルのデイヴィッド・サックス、ジョン・マロイ、ロエロフ・ボサとともに条件を詰めた。「僕らは土曜日にペイパルに押しかけて、財務調査を始めた」とジョーダンは言う。週末が終わるころには、イーベイ取締役会にプレゼンを行う準備ができていた。「たった4、5日で基本合意書から最終的な買収契約書までのすべてを作成した」と
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マロイ、ハード、マスクにとって最後の決め手となったのは、ペイパル経営陣と部下たちの忍耐が尽きたことだった。「イーベイに買収されたいか、されたくないかと聞かれたわ」とスカイ・リー。「私は疲れ果てていたから、『覚悟はできている。これ以上は無理』と答えた」。マロイは、マックス・レヴチンが超人的な激務に耐えられることを知っていた。「その彼が『もう潮時だ』と言ってきたとき、売らなくてはならないと知った」とマロイは言う。「限界に達した人たちを働かせ続けることはでき
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結局のところ、ペイパルにとってイーベイへの売却は、それまでペイパルが取ってきた、合併や登録ボーナス廃止、不正対策、上場などと並ぶ、リスク回避戦術の一つだった。ある面から見れば、ペイパルの成功要因は、イノベーションと同じくらい、リスク回避策にあり、イーベイへの売却は最新のリスクヘッジというだけだっ
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だがこれほどの大成功を遂げても、まだ不十分だとみなす人がいる。マスクは、「ペイパルは世界でダントツで価値の高い金融機関にならないとおかしい」と不満げだ。彼はペイパルを去った数年後、ペイパルの創業チームで会社を買い戻して、世界の金融中枢に育てようと、リード・ホフマンに持ちかけたという。 ホフマンはこの電気自動車から宇宙技術、大量輸送、太陽エネルギー、火炎放射器までのすべてを「やることリスト」に載せている、病的なまでに野心家の友人の妄想をユーモアたっぷりに語ってくれた。「イーロン、やめとけって言ってやった
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X.comの社員番号5番、ジュリー・アンダーソンも、ペイパル創業者のネットワークを「マフィア」と呼ぶことに異議を唱える。ペイパル出身者の男性オンリーのあの写真を初めて見たとき、「とてもむかついた。女性の代表が一人もいなかったから」。彼女の批判はもっともだ。2000年 11 月時点で150人いた社員のうち、3分の1が女性だったし、ジュリー・アンダーソンをはじめ、デニス・アプテカー、サラ・インバック、スカイ・リー、エイミー・ロウ・クレメントなど、要職に就いて会社の成長と成功に大いに貢献した女性も
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イーベイとの駆け引きでさえ、闘志を生んだ。イーベイがオークション決済でのペイパルの利用を妨げようとすると、チームはプロダクトの構築、導入、改良で対抗した。「私たちの絆を本当の意味で深めたのは、イーベイとの戦いだった」とスカイ・リーは言う。「宿敵との戦いほど会社を団結させるものはない」 ティールもこの圧力こそが、ペイパルでの経験の際立った特徴だと言っている。 「マイクロソフトやグーグルのような大成功した会社にいれば、新規事業の立ち上げを簡単だと甘く見るようになるだろう。つまり、間違ったことをいろいろ学ぶことになる。他方、失敗した会社にいた人は、新規事業の創出は不可能だと思い込むだろう。ペイパルはその中間だった。シリコンバレーの名だたる企業ほどには成功しなかったが、僕らは会社を舵取りするうちにおそらく最高の教訓を学んだのだと思う──それは困難だが不可能ではない、
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でもそれは間違っていた。怒りは敬意の欠如だというのは、まったくの誤解だった。 頭がよくエネルギッシュな人は怒っていることが多い。その怒りの対象は、特定の相手じゃない。まだ「そこに届いていない」ことに怒っている。ほかの大きな問題に取り組むべきなのに、別の問題を解決しなくてはならないことに怒っている。ペイパルでの衝突は、実はとても健全な力学の表れだったんだ。 社員が陰でお互いへの不満を言い合っているのなら、それは問題だ。お互いに不信を抱き仕事を任せられないのであれば、問題だ。しかし、チームメイトが必ずうまくやってくれると信じているのなら、それでいい──たとえお互いを馬鹿者呼ばわりしていたとして
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ペイパルの緊張に満ちた文化は、真実の文化でもあったとサックスは言う。「あれは真実の探求だった。衝突は多かったが、互いに敬意を持っていたからうまくいった。怒鳴り合いもしたが、正しい答えに到達することだけをめざしてい
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だが草創期のペイパルは、いまの姿からは想像もつかない、破綻寸前のスタートアップだった。本書はそのころのペイパル── 98 年末の創業からさまざまな波乱を経て、 10 億ドルのIPOを果たし、イーベイによって 15 億ドルで買収・子会社化される2002年まで──のわずか4年間の足跡を追ったドキュメンタリーで